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東京地方裁判所八王子支部 平成4年(モ)1480号 決定 1993年2月18日

債権者

田島哲夫

債権者

田村俊雄

右両名訴訟代理人弁護士

鈴木亜英

小林克信

中村秀示

河邊雅浩

債務者

ゾンネボード製薬株式会社

右代表者代表取締役

中村千晶

右訴訟代理人弁護士

外川久徳

野中康雄

主文

一  債権者らと債務者間の当庁平成三年(ヨ)第五五一号地位保全仮処分申立事件について、当裁判所が平成四年一月二四日にした仮処分命令を認可する。

二  訴訟費用は債務者の負担とする。

理由

第一事案の概要

一  ゾンネボードグループの概要

債務者会社は、医薬品の製造を目的とする資本金六六四〇万円の株式会社であり、昭和六三年一〇月一日に債務者会社から医薬品の販売部門を分離して設立された申立外ゾンネボード薬品株式会社(資本金一〇〇〇万円。以下「薬品会社」という。)とともに「ゾンネボードグループ」を形成している(争いがない事実)。

平成三年一〇月当時におけるゾンネボードグループの取締役及び従業員の総数は六二名(パートタイマー二三名を含む。)である(<証拠略>)。

二  債権者らと債務者会社間の契約関係

債権者田島哲夫(以下「債権者田島」という。)は、昭和三三年三月、債務者会社に入社して主として医薬品の宣伝活動を担当した後、昭和四一年からは工場に勤務し、昭和六二年四月以降は工場長(後に取締役を兼務。)の職に就いていた者、債権者田村俊雄(以下「債権者田村」という。)は、昭和三五年四月、債務者会社に入社して主として医薬品の宣伝活動を担当し、昭和六一年一〇月会社都合により一旦退社した後、昭和六二年四月に再雇用され、平成二年六月以降業務部に配置されていた者である(争いがない事実)。

三  第一次解雇

債務者会社は、薬品会社と連名で、平成三年一〇月二八日、業績悪化に伴う宣伝部門廃止を理由に、債権者田島に対しては解任及び解雇の、債権者田村に対しては解雇の各通知をし、なおこのほか、両会社を通じ九名の者に対し解任ないし解雇の通知をした(以下「第一次解雇」という。(争いがない事実))。

四  本件仮処分命令

債権者らは、第一次解雇が無効であると主張し、地位保全及び賃金等の仮払仮処分命令を求める申立をなし、平成四年一月二四日、地位保全については申立と同旨の、賃金等の仮払いについては平成三年一一月以降の未払分を含めた賃金(本案第一審判決言渡まで)及び平成三年冬期賞与の各仮払いを命ずる決定がされた。

なお、薬品会社から解任ないし解雇された者のうち三名についても同旨の仮処分命令が発せられている(争いがない事実)。

五  第二次解雇

債務者会社及び薬品会社は、本件仮処分命令発令後、これに従って債権者らに対して賃金等の仮払いを行うとともに、東京西部一般労働組合及び債権者らが結成した同組合ゾンネボード分会と団体交渉を重ねたが、債権者らの復職が不可能で解雇は不可避であるとして、平成四年七月八日付内容証明郵便をもって、債権者ら及び薬品会社から解任ないし解雇されて仮処分命令を得た者三名に対し、改めて解雇する旨を通知し(以下「第二次解雇」という。)、右内容証明郵便は、同月九日、債権者らに到達した(争いがない事実)。

六  債務者会社の主張

債務者会社は、整理解雇の必要があり、就業規則二五条七号の「その他前各号に準ずるやむを得ない事由があるとき」との解雇事由及び「特別規定」と称する債務者会社と従業員代表との取り決め(その労働法的性質は、就業規則であると解される。)中の「年度の営業成績が、目標入金額の最低に達しない場合は、会社は、従業員の特別解雇、会社の解散、企業閉鎖をすることがある。」との定め(特別規定一条)に基づいて行った第一次解雇は有効である、そういえないとしても、同様の根拠により行った第二次解雇は有効であるなどとして、「本件仮処分命令を取り消す。債権者らの本件仮処分命令申立を却下する。」旨の決定を求め、本件異議を申し立てた。

第二主要な争点

一  本件異議申立は、債権者らと債務者会社との間における、本件仮処分命令に対して異議申立等を行わないとの合意に反してなされた不適法な申立か。

二  第一次及び第二次解雇は、

1  整理解雇の必要性がないこと

2  整理解雇回避努力が尽くされていないこと

3  整理解雇基準が恣意的であること

4  債権者らに対する事前の説明及び協議がなされていないこと

により、解雇権を濫用したものとして無効であるか。

三  債務者会社は、第一次解雇を撤回したか。

四  第一次及び第二次解雇は、解雇予告手当の提供がなく、または債権者らに一旦振り込まれた解雇予告手当を債務者会社が取り戻したことにより無効であるか。

五  第二次解雇は、債権者らが労働組合を結成したこと及び組合員であることを嫌忌してなした不利益取扱いであり、不当労働行為として無効であるか。

六  債権者田島の賃金額如何。

第三判断

一  争点一(本件異議申立の適法性)について

債権者らと債務者会社との間における、本件仮処分命令に対して異議申立等を行わないとの合意を証する書面として債権者らが援用する平成四年二月六日付団体交渉議事録(<証拠略>)によれば、右同日、債務者会社及び薬品会社と東京西部一般労働組合及び同組合ゾンネボード分会とは団体交渉を行い、「債務者会社及び薬品会社は、本件仮処分命令について、控訴、異議申立、起訴命令の手続をしない。」旨合意たこと、右議事録に債務者会社及び薬品会社の各代表者代表取締役、東京西部一般労働組合執行委員長、同組合ゾンネボード分会長がそれぞれ署名、押印したことが認められるところ、右認定の事実によれば、債権者らの主張する異議申立等を行わないとの合意の一方当事者は、債権者らではなく、東京西部一般労働組合及び同組合ゾンネボード分会であることが明らかであり、もとより東京西部一般労働組合ないし同組合ゾンネボード分会が債権者らが授権された適法な訴訟代理権に基づいて右合意をなしたとみる余地もない。

したがって、右合意は、団体交渉の過程で成立した合意として労働組合との関係で会社が法的拘束を受ける場合があり得るとしても、本件仮処分命令の当事者間における合意ではない以上、訴訟法上の効力を欠くというほかはないから、その余の点を判断するまでもなく、本件異議申立が不適法であるとの債権者らの主張は採用し得ない。

二  争点二(解雇権の濫用)について

1  (証拠略)及び審尋の全趣旨によれば、債務者会社の平成元年四月から平成二年三月までの第五〇期(事業年度。以下同じ。)経常利益は約一九六二万円、平成二年四月から平成三年三月までの第五一期経常利益は約一〇六万円、平成三年四月から平成四年三月までの第五二期経常利益はマイナス約六五八万円であり、第五二期からは利益配当がなされていないこと、債務者会社の財務と連動している薬品会社の経常利益も、平成元年一〇月から平成二年九月までの第二期がマイナス約三〇一万円、平成二年一〇月から平成三年九月までの第三期がマイナス約一二一六万円と損失が増大し、第三期から無配当となっていること、債務者会社及び薬品会社は各期において次期繰越利益を計上しているが、その額は前期よりも減少している(ただし、債務者会社第五一期の次期繰越利益は前記よりは少ないが、第四九期のそれよりも多い。)こと、債務者会社の平成四年三月三一日現在の貸借対照表上、短期借入金五〇〇〇万円、割引手形約八七八二万円、長期借入金二億四六三二万円などの負債が、薬品会社の平成三年九月三〇日現在の貸借対照表上、短期借入金一〇〇〇万円、割引手形約五八〇五万円、長期借入金二億八五〇〇万円などの負債がそれぞれ計上されており、営業利益を上回り、かつ増加傾向にある支払利息及び割引料の存在がゾンネボードグループの経営を圧迫していること、ゾンネボードグループにおいては、平成二年一月ころ、虫歯予防薬「レノーバQ」の新規製造販売及びビタミンB6剤の拡大販売を実施して売上を増大させることを計画したが、右計画は現在に至るまで実行をみていないこと、ゾンネボードグループは、平成三年一月ころ、その主力商品であるにきび薬「びふナイト」を薬局等に販売している申立外小林製薬株式会社(以下「小林製薬」という。)から、取引価格の値下げを強く要求され、同年九月に至り、やむなく「びふナイト」の単価を約一二パーセント引き下げることで小林製薬と合意し、翌一〇月から値引きを実施することにしていたため、同月に行われた第一次解雇当時、将来的に少なくとも右値下げに相応するだけの売上減が見込まれたこと、その後、薬品会社第四期(平成三年一〇月から平成四年九月まで)において、小林製薬との取引高は、右値下げに注文減が重なったため前期の約六五パーセントである約一億八五〇九万円に止まり、他の取引先を含めた売上高も前期比約七六パーセントに落ち込んでいること、そこで、債務者会社及び薬品会社は、取引先の勧めもあり、宣伝部門を廃止する旨決定し、第一次解雇に及んだことが認められる。

以上の事実によれば、債務者会社及び薬品会社には、第一次解雇及び第二次解雇のいずれの時点においても、採算性を向上させて経営の合理化を図る必要があったと解され、その手段として宣伝部門廃止の途を選んだこと自体は不合理な経営判断といい得ない。

しかしながら他方、(証拠略)によれば、薬品会社の設立前、債務者会社における昭和六二年四月から昭和六三年三月までの間の売上高は約六億八四八七万円、同年一〇月に薬品会社が設立されて以後、同社の売上高は、平成元年九月までの第一期が約七億二六六〇万円、第二期が約七億二〇二一万円、第三期が約七億二二三五万円であり、第一次解雇前においては安定した売上を保っていたこと、第四期になって薬品会社の売上高は約五億五〇六五万円と減少したが、ゾンネボードグループにおいては、医薬品の製造にあたるパートタイマーが欠員気味であるとしてその募集を行っており、パートタイマーの人数は、第一次解雇の半年前である平成三年四月当時二三名であったのが、多少の増減を経て現在なお二一名で、医薬品の製造体制は堅持されていること、債務者会社及び薬品会社が整理解雇以外の人件費抑制措置をとったのは第一次解雇の後であり、その内容も、取締役の報酬を三ないし一〇パーセント減らし、取締役賞与を無支給とし、従業員のうち管理職七名のベースアップを凍結したという程度のもので、第一次解雇の後においても管理職を除く従業員については三パーセントの昇給を行い、また従業員に対して平成三年の夏期・冬期賞与を例年並に支払ったのみならず、平成四年夏期賞与も支給していることが認められ、更には、前述のとおり、多額の長短期借入金を抱えながらも債務者会社においては第五一期まで、薬品会社において第二期まで利益配当をしていたことや、後述するように、債務者会社及び薬品会社が整理解雇を行うにあたって経営判断の基礎とした薬品会社の売上高の推移状況に疑問を挟む余地があることなどの諸事情を総合すると、第一次解雇当時はもちろん、第二次解雇当時においても、債務者会社及び薬品会社が早急に解雇を行わなければその維持存続が危ぶまれるという程度に深刻な経営危機に直面していたとまではいい難い。

なお、薬品会社第三期(純)売上高として、(証拠略)(損益計算書)、五の1、一六、二〇、二七、四二には約七億〇一三一万円との記載があり、(証拠略)には「除く消費税」と書き込まれていることから、これのみによれば、損益計算書の売上高には消費税を控除した額が記載されているものと考えられ、消費税込みの売上高であるとの注記のある(証拠略)に同期売上高が約七億二二三五万円(<証拠略>記載の額の約一〇三パーセントに相当する。)との記載があるのと整合するかのようであるが、第二期売上高については、消費税込みの売上高を記載したはずの(証拠略)が約七億二〇二一万円、消費税を控除したはずの損益計算書も約七億二〇二七万円(<証拠略>)とさして変わらぬ金額になっているうえ、(証拠略)においては、消費税込みとの注記付で第三期売上高が約七億二五八一万円と、その余の疎明資料とは異なる数値が記載されており、更に(証拠略)には、第二期売上高について(証拠略)と大差のない約七億二一二一万円との記載があるものの、その内容をみると、各月の得意先別売上高が(証拠略)の記載とは最高二〇〇万円余り異なっており、これらの疎明資料の信用性が問題となるところ(<証拠略>には、以上とも異なる第三期売上高が掲げられているが、これはある得意先について売上目標数値と実勢数値を取り違えたための誤記であると思われる。)、取引原資料に基づき統一的な処理方法によって算出された数値が記載されたと推測され、かつ少なくとも第三期売上高については損益計算書整合性のある(証拠略)にひとまず信を措くべきであり、売上高の推移を示す資料としては、(証拠略)の記載を採用しない。

右認定に関する債務者会社の平成二年に入ってから、薬価基準の引下げ、主力商品「びふナイト」の価格値下げ等が原因で売上が減少したとの主張は、小林製薬との間で「びふナイト」の値下げを合意したのが平成三年九月であることは前記認定のとおりであるうえ、債務者会社が主張の根拠とする薬品会社損益計算書の売上高記載部分は前記のとおりにわかに措信し難いから、根拠を欠く。

また、債務者会社は、平成三年一〇月、「びふナイト」の販売者であった小林製薬との取引きが全面停止になったと主張するが、かえって(証拠略)によれば、同月以降も、売上高の変動はあるものの小林製薬との取引が継続していることが認められ、多少の注文減があったとしても、取引全面停止という事態にまでは陥っていなかったものと推認される。

2  ところで、緊急の必要性を充足していなくても、経営合理化のために行われる整理解雇であれば、解雇自由の原則に照らし、必ずしも直ちに無効とはいえないが、深刻な経営危機に直面した場合の整理解雇と比較すると、解雇によって帰責事由のない労働者及びその家族の生活を危うくすることもやむを得ないといえるだけの事情が存するかどうかがより慎重に吟味されるべきであり、企業が解雇を回避するための十分な努力を尽くしたか、合理的な人選を行ったか、あるいは解雇手続は相当なものであるかなど諸般の事情を考慮し、当該整理解雇が社会通念上是認し難い場合には、たとえ形式的には就業規則の解雇事由に該当するとしても、解雇権を濫用したものとしてその効力を生じないというべきである。

3  かかる観点からまず第一次解雇について検討するに、(証拠略)及び前記1に認定した事実によれば、債務者会社及び薬品会社は、第一次解雇前においては、取締役の報酬カット、パートタイマーの雇止め、従業員の一時帰休、配置転換ないし出向、希望退職者の募集など整理解雇回避のための合理的な経営努力を行っておらず、平成三年の夏期賞与も例年並に支払っていること、医薬品の宣伝部門を廃止するとの方針を決めたのみで整理すべき人員数や配置転換等の可能性について真摯に検討しないまま、宣伝活動に職種を限定した労働契約を締結しているわけでもない宣伝部門の全従業員のみならず、過去に同部門に携わった者を一旦は解雇対象者としたうえ、さしたる理由もなくそのうち三名を非該当としており、右は恣意的な被解雇者の選定といわざるを得ないこと、第一次解雇の前において、某日に特別発表を行うと予告したに止まり、被解雇者に対して整理解雇という手段をとることを具体的に説明ないし協議しておらず、解雇通知後にようやく就職斡旋を行っていることが認められる。

これに対し、債務者会社は、第一次解雇前においても、年度計画に経費節減を掲げ、出張費用の削減を行ったほか、売上増大を図るなど整理解雇回避の措置をとったと主張するが、売上増大や経費節減は、営利を追求する企業であれば特に経営不振の状態になくとも当然に企図することであって、経営合理化の必要がある場合に整理解雇を回避するため企業に求められる努力としては不十分というほかない。

また、債務者会社は、ゾンネボードグループの業績悪化に伴う宣伝部門の廃止により、同部門の従業員八名(債務者会社提出の準備書面等には九名と記載されているが、債務者会社の主張全体を通じてみれば計算違いであることが明らかである。)全員を解雇対象者として選定したことは一定の客観的基準に基づくものであり、同部門に関係する者のうち、執務態度、勤務成績、能力、従業員間の人間関係等において問題のある債権者らを解雇対象者に選定したことには合理的な理由があると主張する。

しかし、債務者会社は、右のとおり主張する一方、第一次解雇にあたり、財政上の計算から八〇〇〇万円相当の人件費を節減するため一五、六名の解雇を考えたが、それだけの人数を解雇すると企業運営が危うくなるので、結果的に一一名の解雇とした、また被解雇者のうち一名は常務会の構成員であるが、解雇候補者として、選定協議に加えなかった旨陳述し、(証拠略)にはこれに沿う記載があるところ、これによっても、債務者会社は、被解雇者を選定する前に、人件費削減とこれによる売上減との相関関係を踏まえ、経営合理化のためどれだけの規模の整理解雇が必要であるのか合理的な検討を加えたうえで、被解雇者選定のための客観的基準を定立したわけではなく、むしろ従業員の人望などという主観的な要素をも容れて人選にあたり、またある者については整理解雇の方針を決めた当初から解雇候補者としていたことが容易に看取されるのであって、債務者会社の右主張には左袒し難い。

更にまた、債務者会社は、全体ミーティングや部長会を通じて常時ゾンネボードグループの置かれている企業経営上の厳しい状況を全従業員に説明しており、企業存続のためにある程度の人員整理が避けられない事態であることは、平成三年七月ころには全従業員の共通認識となっていたし、宣伝部門の従業員に対しては平成三年九月には同部門の閉鎖が避けられない状況であることを告知していたと主張するが、仮にそうであるとしても、人員整理の時期、規模、方法等について何ら説明ないし協議をせずに経営合理化のため整理解雇を行うことが手続的に相当であるとはいえない。

よって、第一次解雇は、解雇を回避するための十分な努力が尽くされておらず、人選及び解雇手続も相当なものでなく、社会通念上到底是認することができないから無効である。

4  次に第二次解雇について検討するに、前述のとおり、債務者会社及び薬品会社は、第一次解雇の後、若干の人件費抑制措置をとったが、その内容は、取締役の報酬を三ないし一〇パーセント減らし、取締役賞与を無支給とし、従業員のうち管理職七名のベースアップを凍結したという程度のもので、管理職を除く従業員一六名については三パーセントの昇給を実施し、平成三年冬期及び平成四年賞与を支給しており、パートタイマーの雇止め、従業員の一時帰休、配置転換ないし出向などは行われていない。

また、債務者会社は、第一次解雇の後、希望退職者の募集を行ったと主張するが、「希望退職者募集の件」と題する書面(<証拠略>)には、債権者ら「分会員五名」には適職がないが、団体交渉において退職を拒否しているので、応募しない旨を明らかにしている取締役及び管理職と、欠員補充を要するパートタイマーを除いた従業員を対象として、五名ないし八名の希望退職者を募るなどと、これによって応募者が現れるとは期待し得ないような記載があり、仮に債務者会社及び薬品会社がかかる書面を従業員に配布したのであれば、それは単に解雇回避努力を尽くしたとの形式を整えるために行われたものというほかなく、その他、債務者会社が第一次解雇の後に相当な方法によって希望退職者の募集を行ったと認めるに足りる疎明はない。

更に、本件全疎明資料によっても、債務者会社及び薬品会社が第二次解雇の前に改めて人員整理の規模、人選方法について検討を加えた形跡はなく、第一次解雇の際の人選が恣意的なものである以上、第二次解雇もまた恣意的なものといわざるを得ない。

よって、第二次解雇も、解雇を回避するための十分な努力が尽くされておらず、人選が相当なものでなく、社会通念上是認することができず、無効である。

三  争点六(債権者田島の賃金額)について

債務者会社は、債権者田島はいわゆる使用人兼務取締役であり、第一次解雇当時、使用人としての労務提供に対する賃金平均三八万六一六〇円及び取締役としての報酬一六万五〇〇〇円を毎月受領していたが、平成四年五月に任期満了により取締役を退任したから、仮に第一次及び第二次解雇が無効であるとしても、債務者会社には、債権者田島に対し、右取締役報酬に相当する金員を支払うべき義務はないと主張する。

しかして、(証拠略)及び審尋の全趣旨によれば、債権者田島の給与明細表上「本人給」「職能資格給」などのほかに、「役員報酬」の記載があること(ただし、第一次解雇直前三か月間の給与明細表には役員報酬である旨の付記はなく一六万五〇〇〇円との金員のみ記載されている。)、債権者田島は、昭和六二年四月、工場長に就任した当初は製造管理責任者として生産予定表を作成し、注文量に応じた生産を達成させるためパートタイマーを含めた人員配置を行うなどの管理的業務にあたっていたが、取締役の地位に就いた後である平成二年六月までに、専務取締役の指示により、生産予定表作成などの管理的業務担当から外れ、工場内の人手が足りない部門の補強要員的な仕事を行い、平成三年二月以降は、軟膏の調整作業に従事していたこと、債権者田島は、第一次解雇の際、平成四年五月までは任期が残っていたにもかわからず、株主総会の決議なくして取締役たる地位を解任され、その後、債務者会社から職務に就くことを拒否されていること、第一次解雇当時、ゾンネボードグループのパートタイマーを除く取締役及び従業員の総数が三九名であるのに対し、取締役数は一一名に上っていること、債務者会社及び薬品会社においては、両会社の全取締役によって構成されるG11会議ないし部長会と称する取締役会のほかに、両会社の代表取締役社長二名、専務取締役一名、平取締役一名によって構成される経営本部と称する機関や、これに常務取締役二名を加えた六名によって構成されるK6会議ないし常務会と称する機関が置かれ、ゾンネボードグループの経営全般に関わる意思決定の殆どは代表取締役らの主導の下右経営本部ないしK6会議で行われており、第一次及び第二次解雇を行うこともK6会議の構成員(そのうち常務取締役一名を除く。)によって決せられ、債権者田島を含むG11会議には付議されていないことが認められる。

右事実によれば、債権者田島は、遅くとも平成二年六月以降、名目的に取締役の地位にあったに過ぎず、本件第一次解雇当時債務者会社から毎月受領していた報酬は、全て使用人としての労務提供に対する対価、すなわち賃金であると解され、債務者会社の前記主張は採用できない。

四  結論

以上のとおりであるので、争点三ないし五について判断するまでもなく、本件仮処分命令は正当であり、本件異議申立には理由がないから、主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官 秋元隆男 裁判官 水谷美穂子 裁判官 石橋俊一)

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